若かったあの頃

ものづくりが好きで、初めて豆腐を作らせてもらった時の喜びを今でも覚えています。20年前、豆腐作りの面白さに魅せられて服部の門をたたきました。社長と社長の家族と先輩2~3人、2~3人の職人で豆腐を作っていたあの頃、少ない人数で生産性をあげないといけないと夢中でした。

社長の豆腐作りへの思いを間近で感じることができ、ついていきたい一心でした。何ヶ月も休みなしだったと後で聞いても、その時はそれが当たり前に思い、休むことなど考えなかったです。それほど豆腐作りに夢中になっていたのだと思います。

服部の豆腐職人

服部の豆腐の味を追求していく中で、気候、大豆のできなど日々違い、厳密に同じものを作るのは難しかったです。服部の味を模索していた時代もありましたが、にがりを使った豆乳作りに、いい釜が導入されてから、味に大きな差が出なくなりました。

現在の服部の豆腐の味にたどり着いたのは、やはり工場を広げ従業員も入れ替えた段階で味が安定したからです。20人ほどで作っていますが、今のこの人数が一番いいと思います。この体制で味を守り、無理のない生産性の向上をめざしていきたいと思います。

社長の情熱

社長が今でも現場でバリバリ頑張っておりますので、いつもその仕事振りには頭が下がります。豆腐作りにおいては特に、その時々の勘の鋭さ、判断の的確さに驚き、日々社長から勉強させてもらっています。

また、今は豆腐作りの現場を離れられた奥さんとも長い長い時間、仕事をご一緒させていただきました。奥さんもいつも仕事、仕事で休むことなど考えていない方でした。バブル期の多忙極まりない時代をご一緒に働かせていただき、長い年月をともにさせていただいたものとして、社長の豆腐への愛情、それを支えてこられた奥さんの思いを確かに受け継ぎ、復活させた服部の豆腐を後世に伝承していかないといけないと思います。

社長はご家族をはじめ、私達従業員と、従業員の家族をとても大事にしてくれます。その分、また頑張って美味しい豆腐を作ろうという気が湧き出てきます。

豆腐作りは機械でできる部分には限界があります。それをどう人の手が作り上げていくかが大事。大豆に水にこだわり、大豆を炊いてつぶして、豆乳をつくり、固めてカットして…。どの段階でも、「よし! いい状態にできている」と判断するのは、職人の経験や勘がものを言います。

それこそが人の手でしか作れない所以です。これからの毎日が真剣勝負、社長を尊敬する一人として今後も歩んでいきます。